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ロシアと日本の初めてのご紹介と平和条約

平和条約

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17世紀の真中にロシアはシベリアの大部分を自分に併合して、オホーシク海の陸に面していました。そして、あるときロシア人が難破したことによって、初めてデンヴェイという一人の日本人にあった。つまり、約1701年にロシアは日本という国が存在していることについて知るようになった。

デンヴェイがモスクワへ連れて行かせて、ピョートル1世に会見が許された。そのあと、ピョートルが1705年にサンクトペテルブルクで日本語学校を開くようにと命令された。デンヴェイがその学校で教師として任命された。それで、その会見がロシアと日本の間で初めての平和条約として受けられてもいいでしょう。

それから、ロシア国家に日本に海の道筋を探すために探検が派遣された。そして、シュパンヴェルグさんとヴァルトンさんの船が陸前と安房という州の陸に近づいた。あちらの人にロシア人からもらった銀貨が征夷大将軍に運んでいただいた。そして、日本に住んでいるオランダ人に相談して、彼らからその銀貨がどこで製造されたかについて知れて、北のほうに「オロシア」、ロシアという国が存在していることを発見した。当然、その続き、隣の国家になったので、これからロシアと日本の間で正式的平和条約を結ぶことになった。